社会不適合者の普通では無い生き方

変化する季節

”普通”とは何かというと、大多数の人が営んでいる生活のこと。定職について趣味を持ち、結婚したり子育てしたり、年代によってその都度変化していく生き方をほとんどの人と共通認識を持って生活していく。そう理解しています。

普通に生きる

個人差はあれど、10人に聞いたら9人か全員が同じことをしている。”当たり前”、”皆同じ想い”、”甘くない”、等、そうやって育ってそう生きてきた人が何の疑いも抱かず、転職したり、資格を取ったり、飲んで愚痴こぼし、悩みながら人生を泳いでいる。

恐らくその通りなのでしょう。そうやって生きるのがまともで普通であって、それ以外は変人扱いされるか、大きなことを成し遂げたら尊敬される。

人と違う生き方をしている人ほど少数で、そういったことが出来ない人が羨望のまなざしで、あの人は特別だからと別に考える。

庶民は、平民は、仕事内容はともかく勤めて自己実現の道を目指す。何もおかしくない。

脱線した人生

しかし、一旦、その普通から外れた人はどうするのか?

病気、ケガ、借金、リストラ、離婚、犯罪、きっかけは何でもいいが、普通に戻ろうとする。例えば、病気やケガなら治して社会復帰を目指す。それが初めてもしくは若いならば、確かに何度もやり直せると思う。他国では無理でも日本では可能なことも多い。

では、それが度重なったらどうか? または復帰までに時間がかかる場合はどうか?

昔は家族の絆が強く、家という単位で社会に接してきたように思う。親戚との結束も固く、地域の繋がりも強かった。あまり個人という認識がなくても周りのサポートもあり社会復帰ができる環境にあった。

いつからかその仕組みに嫌気がさしたのか個人主義が当たり前になった。私は俺は、と声をあげることが聞こえが良かった。欧米に習い、職業の選択の自由と男女平等が叫ばれ、競争することが常であり、勝ち負けに拘った。

結果、負け組という言葉、孤独死の実態、無縁者、自殺の増加、母子家庭が多くなり、非行が凶悪犯罪になった。

一億総中流階級の意識から総下流の時代。持つ者と持たざる者。資本主義としては当たり前の構造であり、それに乗り遅れないように生きることが幸せだった。

社会の変化についていけない

自然界では強い者が生き残る。人間も同じ。高度な社会でも弱者は切り捨てられる。

それでもいい。しかし、弱者も小さな幸せで生きられる社会があってもいいのではないでしょうか。

村社会の島国日本では、あまり多様な生き方は容認されない。普通とは違うのは異質なため、それには付き合いたくない、接したくないという意識は依然としてあるように思う。

社会が変化しているのが現状です。

例えば、女性が主な仕事内容と賃金であっても、それを男性が志望してもいいのではないか。それが本来の男女平等であるのに、女性が男性の権利に近づくことだけが平等というおかしな考えがある。以前の女性の地位に甘んじる男性は情けない、魅力が無い、おかしい、という風潮もある。

次の世代の頃には、男女逆転や多様な働き方や生き方が今よりも進むと思う。今はその変革の時代であって、やはり欧米に習い、そのようになるでしょう。

貧富の差は産まれど、下流でも満足できる社会、上昇志向の人は上がれる社会は少なくとも日本ではまだ受け入れられていない。昔よりは良くなったと思うが、本当の意味で社会に溶け込めなかった人は救われていない。

ジェンダーの問題も最近は最早当たり前のことになり、その差別はまだ残れど、そういったことを告白する人も多くなった。欧米でも偏見はあるものの社会としては形だけでも受け入れられている。

社会不適応

人は皆平等ではないけれど、生き方くらいは平等でもいいと思う。多種多様な生き方があってそれを選択するかしないかは自由のはずだ。

お金(資本)を増やすためだけの人生とは何だろうか。もっと時間を大事にする生き方は資本主義ではなく共産主義ならできるのだろうか。よく分からない。

今まで社会に適応してきた人でも今の社会に嫌気がさしている人は多くはないだろうか。少なくても私は病気をきっかけに落ちたので、もう普通に戻ろうととは思わない。

ある年齢で結婚していないと問題があると思われ、いつまでも平社員や非正規の人は努力が足りないと思われ、病気やケガで働けないと不幸と決めつけられ、貧乏は忌み嫌う。自分もそちら側の人間だった。「そうなりたくない」という不安があった。

いつからかそういった考えからの生活が苦痛になった。無縁地獄のように感じた。生きた心地が薄れた。

家族が居ても形だけ、定職に就いていても生活は貧乏のまま、何もない孤独の方が幸せなのではないかと最近は思う。以前に流行った独身遺族という言葉もあります。

社会不適合者は、人としてはそれがまともだと思う。ただ悲しいことにそれでは生きていけない。だから、今日も普通に戻ろうと努力する。

最後に

普通に戻ったら幸せになるのでしょうか。これから人口が減り、次の世代(2050年頃)には日本の人口は約半分になると言われています。

日本でも戦前は今の半分くらいの人口だった。産業が盛んになっても人が足りず、伸びしろがあったから誰でも上昇できた時代があった。

しかし、どの時代でもどんな人でも、その時々にあった生き方をしないと生き残れませんね。

海から陸に上がるように、徐々に対応させて変化していかないと生きづらいのだと思います。

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