平成最後のNHKによる不祥事をまとめてみました。<読んでみる>

離婚や人間関係に悩んだら先ずは自分を信じると悩みが解決する?!

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自信があるのは自分を信じているからです。漢字のお話ではありませんが、漢字は良く出来ていますね。本来の意味を知ることは大事です。だから、本来の自分の本心を知ることが出来ていないから迷い、悩み、苦しいのです。

自分の気持ちに偽りなく、そしてそれは正しいと信じてあげましょう。誰にも信じてもらえない? いや、自分だけは信じましょうよ。

何もかもがイヤになったら、自分まで自分を嫌いになるものです。

せめて自分だけは裏切らずに務めることで、結果的に運命も変わっていくと思います。これは実感でもあり、なかなかできていないため私自身の戒めでもあります。

そんなあなたに少しでも考える切っ掛けになればと思います。

偽りの気持ち

嘘は吐きたくも有りません。吐かれたくも有りません。ましてやそれを大事だった人に言われたり宣言するのはとても苦しいことでしょう。

仮にその気持ちが本心であれば、嘘ではありませんから苦しむこともありません。

しかし、苦しいのでしょう? で、あればそれは本心ではありませんから嘘や偽りということになります。

結局、自分で自分にを吐くから苦しいのです。

そして他人に対してその気持ちを宣言した場合、そのお相手はより傷つくことでしょう。何よりも相手が傷ついていることを理解すればするほど、自分自身の傷が深くなり、より苦しむ結果になります。

他人に信用されるには?

これは禅問答のようになってしまいます。結論から言えば、自分が信用していない相手からは信用はされません。

しかし、信用に足りない言動を目にすれば、それは何の補償はありません。見返りの確証もありませんから、信用できないで間違っていません。

信用できない(現実的に)→ だから自分も信用されない

こういった図式になって一向に信用もできなければ信用もされない自分を作り上げてしまいます。本当にそうでしょうか? なんかもったいないです。

では、どうしたら良いのか?

それは信頼することです。

ここで言葉遊びに感じて怒りが沸く人が居ると思います。でも、信用と信頼は異なります。

  • 信用は何かしらの担保があることを信じること
  • 信頼は何の見返りも期待せず一方的に信用すること

だから、信頼は勝手な信用です。目に見える担保があるわけではありません。仮に裏切られても、仮に嘘だとしても、全面的に信頼を寄せることができるということは、その相手を最大限に尊重している証拠です。

とても愛していて、とても大事に思っていて、とても大好きな人ということです。

言葉を換えれば「無償の愛」と言えませんか。

 

信用されるにも信頼されるにも、先ずはこちらから無償である信頼をしてあげましょう。

  • 騙される?
  • いいように利用される?
  • 振り回される?

ええ、そうなる現実も否定できません。でも、あなたにとって大事な人なんです。そのくらい大きな心で、笑ってやり過ごしましょう。

逆に言えば、笑えない、許せないならば、その人のことを信用どころか信頼もできない人という結果に落胆するでしょう。そんなことありませんよね? だって大事な人ですから!

 

お人好しやバカ正直では人生で割を食うことばかりです。

でもね、私もそうですけど、そういう人って魅力的みたいですよ。人数という量ではなく、色んな人が何人もあなたのことを気にかけて心配してくれる人生だったとは思いませんか?

少なくても私は苦しい時に誰かが現れる人生でした。そしてそれはこれからもそうでしょう。ただ、数が多いわけではありませんから、そういった人を見逃さないように、常に感謝して人に接すると救われる確率も高くなると思っています。

許せないのは相手ではなく過去の自分

過去に決して許せない出来事で心を痛めたことは皆が経験していると思います。それをずっと心に留め、いつまで経っても許せないと思い返したり、誤ったりへつらったりすることは絶対にしたくない!と思うことはありませんか?

でも実は許せないのはそのお相手ではなく、自分自身なんです。だからずっと根に持って気持ちが意固地になるんです。

プライド?とも言えますが、それは決して良いものではありません。そのことは怒っているあなたが一番理解していることだと思います。

過去の自分を許してあげてください。そうすれば、過去の出来事で許せなかった人もきっと許せると思います。

 

具体的には、本心に聞くしかありません。あなたの心の内をよーく観察してください。二度と会わないと決めた人は異性ならば尚更です。

”本当に会いたくないですか?”

本当は会いたくて仕方ないのではありませんか? 昔のように振る舞えたら・・・、昔のように自分を理解してくれていたら・・・。謝ってくれれば?!

私は相手が心変わりしてくれたら許せるというのはおかしいと考えるようになりました。自分が本当に許せない人というのは、人生において最後の最後に誰も居なくなると思いますよ。

なぜなら、とっくに許しているからです。許せないのは自分なんです。

戻れないけど戻りたい

過去には戻れません。過去の延長も既にありません。相手が誰であっても怒った相手はもう居ないのです。居ないというのは、その人との付き合いの延長線が別れたことによって既に存在しないから、謂わばパラドックスに陥っているからです。

あのままずっと続いていたら、きっと許せないままでしょう。でも、それで別れたのだから、お互いに苦しんで来たハズです。もう充分でしょう。

全て許せということではありません。新たに許せない事柄も発生することもあるでしょう。しかし、許さなかったことによる苦しみはもう沢山です。

仮に離れて何年も経過すれば、既に過去のあの人ではありません。仕事が順調かも知れませんし、再婚しているかも知れません。病気になっているかも知れませんし、既に他界しているかも知れません。

許せない心で未だに苦しんでいるのはあなただけかも知れません。

本心に忠実になろう

会いたいと思わないなら、二度と会えないかも知れないまま許してあげましょう。それはあなた自身を救うことになるでしょう。

もしも偶然か必然で会えることになったとしても、やはり許してあげましょう。それはあなたとお相手の二人を救うことになるでしょう。

 

なんだか宗教じみていますから、万人受けしないと思います。自分で書いていてもそう思います。でもね、その方が楽です。

相手がどんな暮らしかも知らず、ただ思い出してはイライラしたり、怒りが沸くのは無駄な時間です。お相手も充分に苦しんでいるので、お互い様なところはあると思います。

 

そして何よりも、自分が会いたくないなら会わないで済む問題です。逆に自分が会いたいと心から想うなら、それは単純に会えば良いのです。

会いたい時に会わないままで、本当に会えない人生ならば、会って現在の心もちで改めて接してみたら、実は相手も自分も変わっていて意外と楽に会えたなんてことは何も不思議でもありませんよ。

ヨリを戻すとか、再び以前のようにとはいきません。敢えていうなら、初めて出会った時のように相手を理解しようと努めていることに気が付くと思います。それならば過去は過去です。今とこれからの話ができれば、それはそれで心は救われる楽しい出来事だと思いますが、あなたはどう思いますか?

 

色々な本を読んで、色んな人に話を聞いてみてください。ここには書いていないような新しい気づきが得られたならば、それは必要な経験だったと腑に落ちるかも知れません。

だから先ずは自分が自分を信じ(=自信を得て)相手を信頼(=無償で)してあげましょう。その方が悩まなくて済んでしまい、思わず笑いがこみ上げることでしょう。

それがお相手と一緒に笑えたら、こんな幸せなことはないと思います。

 

少しでも心が軽くなれば、きっと新しい運命が待っていると思いたいです。
最後までお読みいただきましてありがとうございます。ご参考になれば幸いです。

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