引退した横綱「日馬富士」とケガをした貴ノ岩の件に思うこと。

この事件、メディアが騒いで横綱「日馬富士」の引退という幕引きとなりましたね。これは真実が明らかになっていないので、ひとつの答えはありません。非常に複雑です。

これに思うことを綴ります。

社会の縮図

世の中は理不尽なことだらけで、綺麗事だけでは生きられません。影があるのは光があるから、正義が勝つのは悪があるからです。必要悪という言葉もあるように、人が集団で生活しているとどうしても闇の部分は出てきます。神様ではありませんからね。

だけれど、それをいかに小さくするシステムがあるかが問題です。

例えば、警察というのは社会に置かれた自制の役割があります。警察のような組織があるだけで思い止まる人は多い。そういった意味で相撲界にはそれがない。

荒れた反抗期の中学生が集まる学校などで経験がある人は居ませんか?

ボス(番長)が支配するヒエラルキー。猿山もボス猿が居るように、仕方ない部分はあります。ただ、それを抑制する相手が居ないとなると、それはやりたい放題です。

傷害の事実で思うこと

これは酒宴の席で、横綱とそれ以下の上下関係がある集まりだった。

また、モンゴル人力士という特殊な集まりだった。

どうやら横綱(白鵬か?)が説教している時に貴ノ岩が携帯をイジっていて、失礼な態度に腹を立て日馬富士が手を出した。

それもカラオケのリモコン(ディスプレイの付いた大きいの)で殴った。

貴ノ岩は頭頂部を10針縫うハメになった。後遺症が残るかも?=大けがとなります。

このようにそういう報道されています。
不確かな部分は否めませんが、概ねこういう状況で、理由はあれど

横綱が貴ノ岩にケガを負わせた。これは事実です。

それを品格だ礼節だ、礼儀だということの責任を取って引退するというのは話が別だと思う。

殴らないで貴ノ岩に理解させることが横綱の品格だと思います。

言葉でもなく、横綱の態度から貴ノ岩自身が気が付いて謝罪する。それが横綱だからこそできる対応だと思います。

強制的に理解させて謝罪させるのは、動物に芸を教えるのと同じ。それこそが暴力であって、品格以前に人として未熟と言わざるを得ませんね。

この件は、礼節・礼儀を重んじるならば、何をしてもいいと取られかねない。

体罰が全面的に悪いとは思わない。そこに愛があれば有効な場合もある。涙を流して殴るということは男の世界では誰もが経験します。大袈裟に言えば、殴る方が心が痛いのですよ。

誤解してもらっては困るのは、感情に任せて殴るのではなく、言葉や態度で示すことが大前提であって、いかに殴らないでも教えることが先輩であったり親であったり先生だと思いますよ。

それでも、

一生に一度くらいの、どうしても時間をかけても何をしても何を言っても、今止めなければという緊急性も含んで、手を挙げてでも伝えることがあります。
これは想いが強ければ強いほど、そこに至るまでは時間もかかったり、他の手段をあれこれ考え実行した後の話です。だから、あまりそういうことはないハズです。

手を挙げることがないからこそ、仮に手を挙げても理解されるし、それでも手を挙げないならより尊敬されます。

実際にはしょっちゅうこういう暴力があったら、それこそ信頼できない人の行動です。粗暴ということになります。愛は無いですね。

立場が異なったらまた違う結論

今回の事件、これが仮に横綱同士での傷害事件だったならば、どうでしょう?

相手が礼節・礼儀を軽んじた。だから手を挙げた。それが横綱同士であれば、どちらも品格がないことにはなりますが(^0^;)上下関係がない同列と考えると全く別の話になります。

上下関係の下。それも下っ端。相撲界の横綱という神に対して、比べることもできないくらい若い未熟な力士です。

そもそも横綱がチカラ以外で尊敬されていないから、貴ノ岩も舐めた態度を取るのでは?

本当に慕われていて、本当に尊敬されているならば、そもそも貴ノ浪の態度が違うと思います。

私は相撲界は知りません。でも会社の尊敬する上司と宴席で一緒ならば、決して携帯電話を触りながら話を聞きません(笑)
それは失礼だからです。誰に教わったわけでもなく、自然と身についています。それに身につかなくても、せめてその尊敬している人の前ではしっかりと座って、直視してお話をいただきますよ。それが日本人の精神だと思います。

モンゴル人も同じように親であったり先輩を重んじるお国柄だと思います。アジアは比較的にそういった人種です。西洋人の場合は尊敬はあっても、何も関係ない人は尊敬しません。いや、正確には尊敬していても、日本のような態度は取らない。これは文化・風習だから仕方ないです。

若い人に多い欧米化

良くも悪くも若い人は欧米化が浸透しています。そのこと自体は別に構いませんし、良い点も多いと思います。

例えば、くだらない結論の出ない会議を重視して威張る会社の上司がいたり、こうしろと命令されて失敗したら、責任を取らない上司も多い。

ラフな格好や自由な発言が、これまでの日本のしきたりに合わない。それは感じます。

私も経験があります。
「これお願いね」と仕事を頼んだら・・・、

「嫌です。やりたくありません」

え?

好き嫌いで仕事しては・・・。(゚Д゚)他の理由は無いのか・・・。

意見を言わなくてはならない。それはそうです。何でも欧米みたいにしっかりとした意見をもって事に当たる。それは自分本位で人生を生きる意味では必要ですし、それが日本人には足りない部分だから世界で通用してこなかった。

そういう教育をしている学校が、足りないというか取り違えて付け焼き刃の教育をしてきたと思っています。それは今回は別の話になりますが、問題の根底にこういった闇がありますね

しかし、モンゴル人ですから、日本の教育は関係ないですね。そういう風土が相撲界にあるのは事実で、それを作っているのは親方衆や日本相撲協会でしょう。古い考えの年寄り達です。

今回の貴ノ岩がなんと言ったのか分かりません。推測では、舐めた態度を取った。しかし、それは貴ノ岩にしてみれば冗談で、そこまで本気でもない発言を軽々に発した。そのように感じます。

最後に

伊勢ヶ浜親方にも一言。筋を通したと言っていたのはちょっと違うと思う。横綱がいる部屋の傲慢な態度があるでしょう。これも仕方ない部分ではあります。

ただ、貴ノ岩の落ち度はともかく全面的に悪いのは、暴力を振るった側です。これは変わりません。そのことを初めに貴ノ花親方に報告して謝罪するのが筋であって、断られたのは当然であって、それでも謝罪に動くことが必要です。そこに「俺は行ったのに相手が悪い」という考え方があったのだと推測します。

そうは言っても事実が詳らかにならないと全て憶測ですね。メディアが偏った報道しているから余計に自分の意見を持っていないとなりません。

日本相撲協会は元より日本の会社組織が腐っているのは事実だと思います。臭い物に蓋をする。実際にはあります。それでもできるだけオープンにしないと無くなりませんね。

競争社会とはまた違った競争をしている世の中だと感じています。自分が上に行くというより、人を蹴落として自分の位置を確保するという消極的な競争社会に思えてなりません。

共存共栄は難しいとしても、努力して上に行ける仕組みは社会のどこにでも有って欲しいです。

法治国家としては理由はどうであれ手を出した方が負けです。貴ノ岩は可哀想で責任も軽いですが、元通りに相撲は取れないでしょう。逆にこれから貴ノ岩が横綱にでもなったとしたら、こういった事件が無くなる先鋒を務めてもらいたいですね。

そこには愛があったのかい?

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