他人と比べるのは意味がない。共感はしても違う事を尊重しよう。

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哲学的で格好つける訳ではありませんけど、人生に色々とあると考えることがあります。他人、それも尊敬できるような人であったり、縁を感じる方とお会いすると特に思います。

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勝手に想っている恩師

人生で初めて尊敬した恩師に30年以上ぶりにお目にかかりました。自分が勝手に恩師と想っているだけで、先生には一人の生徒に過ぎませんから迷惑な話です。年齢を重ね非常に丸くなって、勝手ながら私の抱く先生としての魅力が半減したように思いました。

先生は心を込めてお話してくださいました。懐かしく優しく、幸せな気持ちになりましたね。ただ、物足りないというか、叱ってくれるくらい熱血漢を想像したいただけに肩透かしの気分でした。そういう教育だったから尚更です。
自分の中にある理想像が固定したのでしょう。

 

2時間くらい面会してくれましたので、時間を割いてくれたことに感謝をし「頑張って」「頑張ります」と言葉を交わしました。

丸くなって落ち着いた分、大人として尊敬できる人にもなっており、人として成熟した人は皆がこうなるのだなと感じます。特に教師ですからね。

果実に例えると・・・

別に例えなくてもいいのですが・・・、先生のお人柄が、非常に美味しく熟れた高級メロンのように感じました。時間をかけて丁寧に成熟したようにです。

担任だった頃は若く固く、優しくも強い意志をお持ちで、自信に満ちあふれて居るも失敗を恐れない実直な印象でした。

 

それが年齢を重ねて、自信は落ち着きと共により強く感じ、物腰がより柔らかくなり、経験からか全てを受け入れてくれるような印象に変わっていました。

一方、私はどうかと言うと、途中で穴が空いてそこから一部が腐った後に熟れた色も形も悪い果実のように感じます(笑)

形こそ大人という成長した大きさであっても、中身はまだ味が確定していないようです。

異なる食べ方

メロンが2つあって、誰にお出ししても困らない成熟した高級メロンは文句の付け所がありません。もう一つの腐りかけのメロンは、果たして食べられるのか?といった具合です。

 

しかし、腐ったメロンも悪い所は切り捨てて、他の料理と合わせて調理して、人様にお出し出来なくても、内々で美味しく食べられることもあります。

決して高級メロンの道は歩めませんけど、別の形で別の場所で別の人達に喜んでもらえることもあると思います。

食べられるくらいであれば何とか食べよう。そうしてもらおうと思わせる匂いであったり、色であったり、高級メロンにはない魅力も多少でもあります。

そもそもメロンとは言い難い果物かも知れませんね。

メンターと呼べる人

こういった先生の他にもメンターと呼べる人が私には居ます。現在はそれ程親密なお付き合いはしていません。しかし、心の底から信頼してチカラになろうと思える人です。

連絡こそ密には取っていません。またお会いすれば以前と変わらない対応をお互いが取れます。親友と同じです。年齢も立場も違いますから、まさにジャイアンみたいに心の友ですね。

 

このメンターと思える由縁が、私自身に持っていないモノをたくさん持っているからです。
モノとは、心構えであったり考え方や捉え方といった精神的なことです。

実際にその方はお金も人脈も社会的地位もお持ちです。

それ以上に気持ちをお持ちです。

  • 早起きすること
  • 損得ではないこと
  • 良い意味で人に期待しないこと
  • 何でも受け入れる気持ちでいること
  • 綺麗事では世の中は生きていけないこと
  • でも、気持ちを入れることは決して忘れないこと

上には上が居ます。その人もまた更なる高みを目指して日々奮闘しています。そういった人に劣る私が、より近付くためには少なくてもその人と同じように考え振る舞えないことには始まらないと思っています。

同じ手法は無理でも、気持ちの面では同じにできるハズです。
このメンターという存在ももちろん伝えましたけど、それ以上に心の拠り所にしています。それはその人は知りません。

現在、常に思うのは、「あー、こういう時、あの人はどう考え、どう行動するだろう?」と想いを馳せ、あたかもその人のように言動を整えるようにしています。

人生はそれぞれ

どの国でも生きづらい面はあります。日本だけではありません。しかし、日本は恵まれているだけにドロップアウトした人を違う価値観で受け入れてくれる社会は非常に少ないように思います。

病気をしないと健康のありがたみを分からないのと同じで、一度落ちて惨めな思いをしないと見えない世界もあります。

健康も仕事もお金も、明日は我が身で現状で満足しないときっとまた落ちますね(^_^;

 

朝から気分が良くて、

お腹が空いて、

運動したくて、

仕事に行きたくて、

時間をゆっくり過ごせる心のゆとりがあるならば、やはり人には優しくなれるし、人からも信頼されます。

 

自分はどこかで間違ってしまったんだなと年月を振り返って思います。人生をすぐに変えることはできません。

でも、行動は今すぐに変えられます。

その積み重ねが大きな変化になることを、長い年月をかけて、悪い方向へ差が出てしまったことでやっと気が付いた思いです。

しかし、まだ寿命は尽きていませんから、これから10年後、20年後を目指して、そこで大きく変わっていられるように小さなことを確実にやっていくしかありませんね。

 

他人と比べたり自分を惨めに思ってしまう場合、その気持ちが惨めだと思います。

共感できる人になろう。共感できるというのは相手を思えることでもあります。いくら誰から見ても人生が成功と思われたとしても共感できない人生だとしたら?

 

さて今日も頑張りましょう!

 

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オナヤミ

人生20年間も悩んで迷ってきました。自分なりの悟りの境地へ向かう中、同じ悩みを抱えている人のヒントになればという気持ちで記事にしています。

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