離婚後にやる気が起きない男性の心理——目標がなく楽しめず寂しい

落ち込む男 離婚して悩む
スポンサーリンク

離婚後に気持ちが上下し続けています。その感覚はだいぶ長くなり、数ヶ月毎に訪れます。

特に気持ちが落ち込むのは、何のために生きているのか突然に分からなくなる瞬間です。

まさに目標がない。

離婚した男性は同じように思う人は多いと思います。そういうとき、子供を取れない男性側は非常に苦しい。

世のシングルマザーがツラいと言っても、懐いている子供は側に置いておけるというのは心強いものです。仮に私も子供が居たら落ち込んでなんて居られません。恐らくバタバタとしていて前向きだったでしょう。

これは離婚後に訪れる虚無感のお話です。

スポンサーリンク

寂しいことに気が付く

突然、無意味に思えてくることがあります。例えば、

「あー、これは明日までにやっておかないとなー」という自分なりの期限があった場合に、結局その日中に出来なくて「しまったな」と思うのだけど、独りで生活していて、よーく考えれば元々その日中に出来なくても良かったことと気が付いてしまった瞬間があります。

 

「別に今日中でなくても困らないか・・・」

何で今日中と思ってしまったのだろう? 別に誰の制約も受けないご身分だから、困るのは自分だけで、しかもよく考えれば全く困らない。

そもそもどーでもいいことだった。

 

こういった瞬間に一気に落ち込みます。なかなか浮上できないで居ます。その浮上できない自分が悔しくて余計に落ち込むという悪循環です。

 

離婚後、ほぼ毎日が寂しい想いをずっとしています。独りで部屋にいて、特に誰とも会話しないで済んでしまう時間が多く、自由とは裏腹に全く張り合いもない時間があります。

まさに時間を持て余す。

家族が居たときは時間なんて無い

結婚生活している時は、逆に自分の時間なんて無かったですよ。当たり前ですけどね。

 

・・・帰宅後にご飯の支度を手伝って、僅かな時間に買い物に行って、ご飯を子供に食べさせて(うちは2人居たので)、お風呂を洗ってお風呂に入れて、身体が冷める前に布団に寝かしつけて・・・。

なんとか寝てくれたと思ったら元妻も一緒に寝てしまう・・・。

その後、静かに扉を閉めて、残った洗い物やら洗濯物を片付けて、翌日の自分のお弁当になるご飯を準備し、子供の麦茶を作り直したり容器を殺菌したり、部屋に散らかったおもちゃ類を片付け、ゴミの日に備えてまとめたり、それらがやっと終わったら自分の時間です。

眠い中、なんとか頑張って好きな本を読んで寝てしまう。これが深夜1時で、起きるのは朝5時半。

 

自分の時間は全くなかった。ストレスも溜まります。

しかし、それでも元妻や子供達から愛されているからこそ、色んな力が出てやっていました。

 

人は必要とされていると何もストレスに感じません。これは真理だと思う。

必要とされない日々

仕事で必要とされたり、友人に必要とされたり、親や兄弟に必要とされているのは、間違いない事実です。

しかし、それはそれで有り難くても、プライベートの時間に必要とされない苦しさったらない。

 

しなくてはいけないことがあって初めて自由な時間が欲しいものです。

さぁ、今からずっと気が済むまで時間は自由です。そういう時間を目の当たりにすると何もやる気が起きない時が多々あります。

 

今、一番欲しいのは、親しい人が自分を必要としてくれること。もっと言うと、こちらも何かしてあげたいと思える人。奥さんのような存在や子供、離婚したから恋人でもいい。一緒に時間を共有する人でしょうか。

そういう親しい人が側に居ないのは贅沢な悩みなんですけど、離婚後の心理としては、べったり時間をイヤというほど共有していた人が何人もいきなり居なくなった独りというのは、元々、独身の頃とは比べものにならないくらい寂しいということです。

虚無感。

ほら、皆でワイワイ楽しんだ集まりの後、皆が帰宅してぽつんと独りになった祭りの後のような気持ちです。

それが一時ではないのです。いつ終わるか分からない独りの状態は堪えます・・・。

これまでの行動が無に思える

結婚生活が何年だろうが、いつもパートナーとの未来を考えて行動していました。これは二人のためになるのかと考えたり、将来のためにこれは買おうとか。

子供も居たので、これは子供に将来にさせたいなど、将来があっての今の子育てという考えがありました。

 

家族という単位で物を考えていたのは、独身の頃とはだいぶ違う感覚です。お金が足りなくても、時間が無くても、子供ためにそうしようと話をしたものです。

 

そういった時間を過ごしてきたあと、離婚して独りになったら、これまでのように考えなくても良いのです。そこで頭によぎるのは・・・、

これまでの行動や考えは無駄だったのか??

そう思ってしまいます。何だったんだ? あんなに真剣に考えていたのに、今となっても全く無意味になってしまいました。

 

もう独りなんだから、家族のことを具体的に考えても仕方ありません。自分の未来には過去の延長はもうありません。

血の繋がりは父子でも、社会的には他人です。こちらの要望どころか自由に子供と会えない。特に学校関係は、仮に我が子に声をかけたとしても、変質者扱いされますよ。実の父親でも学校側は迷惑なのでしょう。だから、学校には近付きません。

 

そんなことを思うと途端に落ち込んでしまいます。

これ以上楽しい事は?

正直なところ、結婚して子供も居たので、その時間以上に楽しい事や充実することに出会えません。もう何年も出会えていません。

何をしても、あの頃の充実感に適いませんね。

やはり、これ以上に楽しむには、元家族を忘れるしかありません。記憶喪失になりたいですよ。

 

全く違う人生を歩むのに、ちょっと年を重ね過ぎました。中高年になった今、独身者のようにセロベースでは生活できないでいます。

子供の話もできません。気を遣うようですし、こちらも気を遣います。

好きな事をすればいいと言われても、好きな事は子供との時間であったり家族との時間なんですけど、もうそれは叶いません。

 

全く違う目標を抱かないとやってられませんね。

しかし、その目標が見つからない・・・。

 

お金を稼ぐことが最善なのでしょう。

しかし、まともに働けないくらい落ち込んでしまい、社会的にも孤立してしまいました。これまでのような働き方はできそうもありません。

「産後うつ」と同じように「離婚うつ」ですね。

最後に

今まで以上に充実した生き方をするために、精神的な安定を図っています。

独りになって続いているのが、ウォーキングや筋トレ、昼寝だったり、ウインドウショッピングなど、家族に気兼ねしないでできることです。

これで心を落ち着かせやる気を出してきました。

しかし、それも並があって、お祭りだったり誕生日、何かのお祝いなど、そういう時に独りがツラく悲しくなり、一気に落ち込むのです。

 

2018年の誕生日は、誰からも何も連絡なく、仕事が終わったら独りで部屋に居ました。いい歳なので特にこれまでも誕生日だからと特別なことはしていません。しかし、全く何もないというのは、これは寂しいものです。

 

なんとか生きるというのは変わりません。離れていても子供には親は必要です!

もしも同じような悲しみにいるあなた! 生きてください! それだけは言えます。生きることから逃げては離婚した意味もなくなりますし、何も正しくなくなりますよ。

 

しかし、目標もなくただ惰性で過ごす時間は何とかしたいものですね。
この記事があなたのなにかの切っ掛けになれば幸いです。



離婚して悩む
オナヤミをフォロー
スポンサーリンク
悩んでいる人
オナヤミ

人生20年間も悩んで迷ってきました。自分なりの悟りの境地へ向かう中、同じ悩みを抱えている人のヒントになればという気持ちで記事にしています。

オナヤミをフォロー
悩みナビ

コメント