出産後の2〜3年後に夫婦仲が悪化する産後クライシスで離婚した

産まれてきた子供 離婚して悩む

産後クライシスという言葉を聞いたことありますか?

古くは産後ノイローゼとか言っていたような気がします。成田離婚やら、マタニティブルーといった結婚、出産にまつわる言葉というのは時代を象徴します。

実は他人事と思っていた自分が、まさかその産後クライシスと言われる状態になり、そのまま離婚になってしまったことを離婚してから事実が明るみに出て気がつくことになりました。

今、そういった状態ではないか?と思われる人や、既に別居している夫婦へ、まだ結婚したばかりの方などへ後悔しないように、こういった事もあるとお伝えしたいと思います。

また私と同じように離婚してしまった方へも共感していただけたらと思います。

バツイチ再婚

あまり詳しくは書けないのですが、私たち夫婦は共にバツイチでそれぞれ子供から父親を無くしてしまいました。

そういったことで籍を入れる際に何度も確認したのは、もしも私たちに子供が産まれたら、子育てを協力し、離婚だけは避けなければならない、と一致していました。

その時は共に収入が低く、貯蓄は私が多少あるのみでお金には困っていました。
特にお金が無くてもいつも笑って過ごせていました。やはり家族というなかなか手に入らないその状態が心地よかったからだと思いますし、話し相手がいるだけでもだいぶ違いました。

程なくして運良く子供を授かり未来は明るいなと思っていたら、ここに落とし穴がありました。

産後の帰省問題

意を決した2人目妊娠の時、妊婦生活は慣れたものといっても下の子を抱えてです。これは相当に過酷で妊婦としては想像する以上に疲弊して、私の帰りを待っている状態が長らく続きました。

そうは言っても私も仕事を休むわけにもいかず、これまで通り早く帰宅することはできましたが、今まで以上の家事負担が待っていました。私も慣れたとはいえなかなか上手くこなせませんから、これで言い合いになることもありました。

そして2人目の出産後、妻が長期の帰省を望んだのです。想像以上に長い要求でかなりの憤りを覚えました。何か私へ不満でもあるのかと聞いてもあまり明確には答えません。

 

どうやら、実家の母親がそう仕向けたらしく、すべてが本人の意思でもなさそうでした。気を遣ってくれていたのでしょう。可哀想なことをしました。

結局、妻の実家とも話し合い、2ヶ月の帰省で手を打ったのですが、あとになってこの事が遺恨となり、離婚へまっしぐらでした。

なかなか承諾できない主張を、どれだけ夫婦で話し合えるか、これが危機を乗り越えるコツだったのに、あまり深く考えずに話をしてしまった。これが最大で最悪のポイントでした。

どんなに仲が良くても

産後はどんな人でも気が立っています。そもそも本人に悪気はなくてもホルモンバランスが崩れ、さらに寝不足や育児の疲労などから無理もありません。父親が仕事するツラさも相当なものですが、事に産後に関しては想像を絶すると言ってもいいくらい過酷なものです。

 

今では充分に理解してやれますが、その時は自分も必死でそこまで気が回らないことも事実でした。夫婦共に余裕が無くなってしまった。正に共倒れです。

お産の前には想像できない妻の言動に、中身が入れ替わったのではないか?もしかして猫を被り続けていた?と疑いたくなります。

 

ある程度は覚悟していても、ラブラブであっても、産後はセックスレスは当然のことながら、夜に寝不足になるだろうから部屋も別です。ハグもありませんし、手も繋げませんでした。それが数年続けば、どちらかが愛情が冷めるでしょう。

 

少なくとも私はお金だけ渡す役割に過ぎず、あまり優しい言葉も態度も取ってもらえませんでした。今ではそれが本意ではないことは理解できても、その真っ只中だと、尊厳を傷つけられ、邪魔者扱いされている状態はなかなか容認できませんでした。

もちろん、それはお互い様でもあったでしょう。

 

産後の妻は大変だけれど、やはり子供だけに必死になると、夫側から見放されます。逆に夫側も長いですがある一定期間の辛抱ができれば、また元のやさしい妻に戻ることを信じて優しい言動をすべきです。

産後は、どちらも我慢している。どちらも愛情を感じない。どちらも自分勝手な言動と取られる。どうしてもそういう時期なのです。

同じ過ち

離婚だけはしない。それだけはできない間柄であっても、お互いがストレスを感じ離れたいと思ってしまう現実がツラく長く、離婚した時はお互いが一瞬はホッとしますが、すぐに後悔に変わります。

 

私たちの場合は、妻側が相当なダメージを被ったのか、もう引くに引けなくなったのか、妻の実家が猛反対の中、今となっては心の動きは分かりませんが、愛情が無くなったことは事実で、こうも短い期間で一気に崩落するとは予想だにしませんでした。しかし、これが現実です。

また子供達を父親がいない子にしてしまった罪悪感は離婚してだいぶ経ちますが拭えません。

 

復縁を望んでも完全拒否の中、自分の中で納得して反省して、それでもなお前向きに養育費を払うことくらいしか出来ることはありません。

子供との面会をその都度でなんとか続けています。しかし、子供は悟っています。パパがもう帰らないことを・・・。

 

涙がこぼれるのを必死で我慢し、膝に置いた手はグーを堅く作り、口は真一文字で肩が小刻みに揺れていました。そして「・・・さようなら」と言ったのです。4歳でした。

親が泣いては示しが付きませんが、私も涙声で「待ってるからまたおいで」そう話すことが精一杯でした・・・。

 

これから何年経っても復縁のチャンスを待ち続けたいと思い、これまで以上に必死の生活です。

もうこうなるとあとは態度で示して、許してもらい、面会の日数を増やしてもらうくらいしか未来はありませんが、産後クライシスを乗り越えられなかった妻側の恨みは死ぬまで続くと思いますので、あまり期待はしない方がいいでしょう。

ぜひ強い思いやりを

お金がなければ生活できませんが、愛がなくては生きていけません。このように思います。

甘い?

ええ、甘いです。自分でもそう思います。だから三行半なのです。

しかし、頑張れてこられたのも妻や子供達の後押しがあったからこそ自分の能力以上の事に当たれたのです。そこが無理していた部分だったのでしょうね。

 

愛情をお互いに持っていれば、やる気や頑張りに繋がり、結局、お金もついてきます。そして経済的に余裕があれば、心にも余裕が生まれ、優しく出来ると思います。

 

いかに自分の欲望を抑えて相手に尽くせるか。本当の愛、または思いやりが産後には必要なことを、すべて失って理解できました。

独りになった側は仕事に精を出して寂しさを紛らわせています。恐らく妻側は収入の面で困窮するハズです。妻側が身勝手な振る舞いだとしても、それはそれ。子供のためにも生活には気を配り、きちんと費用を渡せるようにすることが罪悪感を減らす手立てと自分に言い聞かせています。

 

あの時は足りなかった思いを、いつか理解だけでもしてもらえるように、淡々と生きています。妻側の立場の方も別れた夫側がどんなに醜くとも、子を想う気持ちは変わりませんので、子供の立場で父親には積極的に会わせてやって欲しいと望むばかりです。

それは離れた親側のためではありません。子供のためです。子供はやはり必要としています。

今更であっても離婚したからこそ、お互いに強い思いやりを持って接し合いましょう。それが子供の心の教育に必要だと思います。

決して離婚するために結婚したわけではありませんから・・・。

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