離婚しそうな人は離婚した人の失敗から学んで思いやりを

離婚

離婚してしまい暗闇の中でもがいて復縁を望んでも決して叶わない現実を受け止める自信がない方は離婚の決断は「ちょっと、待った!」

離婚の達人(?)から失敗を学んで活かしてください。

離婚して子供と会えない辛さを孤独で埋めている元夫の立場から、失敗した事柄をまとめてみましたので、離婚危機の特に夫側の反省材料として参考にしてください。

思いやりはいつも足りない

夫婦間で自分は相手をそれなりに思いやっていると感じている人は「ちょっと待った!」

恐らくそれは全く足りていません。

評価というのは他人がするものです。自分で評価し始めた段階で既に評価されていません。

かといって自分はいつも足りていないと過小評価するのもあまりよろしくありません。

評価の基準は、妻(夫)の笑顔の頻度に尽きると感じました。

ラブラブでなくてもそれなりに信頼し合い、協力できている時は、お互いに笑顔が絶えませんでした。具体的には、真面目な話の間でも冗談を言い合えることや、子供の成長に一喜一憂できること、正にくだらない会話に思わず笑顔になれる。

たくさんありますが、お互いが疲れた状態であっても笑顔になることが1日に1つ以上は必ずあったということです。

気遣いの言葉を掛けたら、笑顔で応えてくれたこと。頼むね、という依頼ごとも間髪入れずに「分かった」と言えること。お互いを尊重している時は夫婦喧嘩にもなりません。

かといって、何も言わないで分かってもらおうというのは虫が良すぎます。きちんと言葉で伝えましょう。

その際、余計な飾り文句は要りません。

極力、言葉をそぎ落とし、短くても的確であれば必ずその真意も伝わります。

私は話し過ぎました。余計なことまでベラベラと・・・。

ある意味で承認欲求という「分かってもらいたい」気持ちが前面に出すぎたからです。

そんなに喋らなくても安心してください。分かってくれています。それが信頼です。

仕事、家事育児の役割分担

「男は〜」「女は〜」こういった性別に基づく考え方は昭和までの考え方かも知れません。

しかし、私は適材適所という言葉が好きです。

やはり上手く出来る方がより負担した方がお互いが楽です。

「男だから仕事だけしてればいい」

「女は黙ってついてこい」

こういった考えは過ちだと思います。

男でもおむつ取り替えたい(私はそうでした)ご飯は作ってもらうから洗い物で貢献したい。

子供を寝かしつけたい。

様々な育児に関することは本当に筆舌に尽くしがたい大変な労力です。

しかし、それから逃げるならばなぜ?結婚したのか? なぜ?子供を作ったのか?

そもそも論に陥ります。

そうなった現実をどのように上手く乗り切っていくのか、それこそが夫婦が結束できる最大の意味だと思います。

無論、子供がいない夫婦の場合は、別の事、例えば健康面であったり、起業、サラリーマンでも夫婦の夢など、独りでは難しいけれど、夫婦だからこそという協力もあると思います。

私は「仕事人間」に憧れ、そういった時代もありました。しかし、会社は給料を保証しても人生を保証してくれません。理不尽な目に遭い、ほとほと嫌気が差し、もっと家庭よりに考え方が変わることがありました。

そういった経験から、仕事だけでは相手は納得しませんし、自分もつまらない人生です。程よく家事育児を分担して共に貴重な体験を楽しむべきです。

仕事との配分は、仕事8割、家事育児に2割の割合が理想でした。しかし、仕事を優先したい場面で仕事の話だけでは解って貰えません。その時こそ家庭に比重を置いた言動が必要です。

おかしな話ですが、仕事といっても24時間ではないハズです。遅くなる、休み返上の場合も、残りの時間は全て相手に捧げるという気持ちが伝われば、決して無理な要求はされません。

それだけ家庭も重視していることは常に伝え続けましょう。

通常の生活では家庭のことは妻に、仕事のことは夫に任せればいいのです。

どうしてもという時こそ、ちょっと大変ではありますが、逆に僅かな時間は相手に自由にしてもらう提案でバランスが取れ、相手も決して無理難題や文句は出ないでしょう。

ただ、どうしても「仕事なんだから・・・」といった言葉出てしまいます。

それは相手もよく理解していた上でのお願いもあるのです。そういった話ができない夫婦はあまりお互いを信頼していません。

信頼すれば、任せられる。相手は愛している人です。他の人には任せられないけれど夫や妻なら任せても大丈夫です。決して悪いようにはしないでしょう。

但し、結果が思うようにならなくても文句はいけません。お互いが努力した結果です。お互いを尊重して「仕方ないね」とその失敗も分かち合いましょう。

男女は別の生き物

頭では解っていてもついつい忘れてしまう男女の差。もう一度肝に銘じて言動に気をつけましょう。

  • 男は理想論で語り、女は現実しかみない。
  • 男は見栄っ張りで自尊心が強い。女は基本、ワガママで何かを求める。
  • 男は理論、女は感情。
  • 男は結果が大事。女は過程が大事。
  • 男は話に意味を持たせる。女は話は空気と一緒。

これらを逆にしたらどうでしょう?

  • 男なら現実を見て、女は理想を語りましょう。
  • 男はワガママに甘え、女は見栄を張らせる。
  • 男は時に感情表現し、女は冷静に対処する。
  • 男は結果を求めず、女は結果を少し重視しましょう。
  • 男は息を吸うように話を聞いてあげる。女は男の言葉を深く考える。

どうでしょうか?あながち間違っていないと思いませんか?

そういった互いの性別を意識して相手に心を寄せる。そうすればあまり大きな軋轢は生まないと思います。

お金が無くては生活できないが愛が無ければ生きていけない

仕事をして賃金を得て、それで余裕ある生活を送りたい。皆がそう思います。
しかし、現実はどうでしょう。お金が足りていれば散在し、お金が足りなければ言い争う。

何々費といったお金の配分も収入が多ければ多くなる。それではいくらあっても足りません。

価値観という言葉で片付けたくはありませんが、よく話し合ってお金の使い道は妥協点を見出しましょう。

離婚して何もかも失い、持ち物を減らしてみて初めて、こんなに要らない物に囲まれて心を疲弊させてたと感じています。

仕事も愚痴が減りませんし、世の中は理不尽だなと思うことばかりですが、仕事があるということは幸せです。また違った記事で書きますが、仕事があってこそ生きられます。

愛についても同じです。愛しているは一方通行です。愛し合っているというのが理想です。

愛されて生かされている。

愛があるから生き甲斐がある。何も夫婦に限ったことではありません。親子でもそう。同僚でも友人でも何でも生き甲斐はあります。

私は妻から「生理的に受け付けなくなった」という最大の侮辱というか嫌われ方をしました。真意は未だに不明ですが、それから3年余り延長戦をしましたが敗れました。

愛されている時は気がつかない当たり前の愛が、愛を失う(嫌われる)と途端に愛情不足に陥ります。

実際、お金はありませんが、それでも何とかなっています。これまでもそうでした。しかし、愛が無くなったら何の力も沸いてきません。何のために生きているのかも見失いました。

愛によって結ばれた夫婦なのですから、そこは一番大事に守ってください。こんな話は聞いたことありませんか?

船が沈没しそうで妻と子が海に投げ出された。夫の体力からも状況からも一人しか助けられそうにない時、どちらに手を差し伸べますか?

外国人はあまり迷うことなく妻だそうで、日本人は子供であるという例え話です。

本当は二人を助けて自分はどうなってもいい。そういう答えもあるでしょう。

結局、妻とは共に生き共に死ぬが、子供はまた愛した妻との間に授かれるチャンスもあり、子供とは共に生きられない(自分の寿命が先)という本質を突いた問答です。

全てこの逸話のようには思いませんが、同時代を同じ人生を歩む者は、やはり子供ではなく妻です。そういった意味で愛が無ければ生きられないと思いました。

結婚したらその夫婦の家族が第一優先

私の離婚には相手の母親の影響が大きく、夫婦の問題だけではありませんでした。
結婚して嫁にもらい、性も私側、住まいも別です。

新しい家族を作り上げた中高年の夫婦(家族)に対し、母親が娘離れが出来ず、何かと母親としての意見や命令をしてきました。その都度、アドバイスとしては受け取って、結果、その意見を断ったりしてきました。どうも妻もその母親と同じで、母親の意見が通らないと途端に期限が悪くなり、それが原因で離婚に至りました。

妻の母親の気持ちは解りますが、口出しは無用です。なぜならば、妻と結婚したわけで、その母親と結婚した訳ではありませんから、妻と物事を決めたい。

私にとっては普通の感覚でしたが、どうやら相手の親子関係はちょっと複雑だったようで解って貰えませんでした。

全部が全部とは思いませんが、自分の親が口出しをしたら、それを諌めることができるのはその実の子だけです。反論させなくてもいいように立ち振る舞いには気をつけたいものです。

孫が出来たら余計に口出しして、それが正論で異論は認めないといった傲慢な態度でした。娘の幸せを願うならば、黙っていて欲しかった。そう思います。

そういうことが解っていたので、私の両親には絶対に口出しさせず、文句があるなら私に言え、と強く言い聞かせ、口を出したいなら先に金を出してくれとも伝えました。援助いてくれるならと妻も聞いてくれることもあるかも知れません。もちろん、そういった事の前に私に伝えてもらい、妻には一切伝えませんでしたが。

自分の親が大事なのはよく理解できますが、何よりも大事なのは自分たちの家族です。

それまで育ててもらい感謝こそすれど、まずは自分たち夫婦で解決に立ち向かい、助けを求めたら言うことを聞いても遅くはありません。

両親が揃っていることは大変に心強いことですが、逆に不幸を招くことも多々あります。

親は実家は二の次。

自分たち家族が順風満帆ならば、それが最大の親孝行であることを忘れてはいけないと思います。

人の目を気にしない

人の目を気にしないのは限度があります。奇行をしても構うなという意味では無く、あまり周りを気にし過ぎると足下をすくわれます。

他人がどう思おうが、自分の人生にはあまり大きく関係はない。

このことを忘れて気遣いが過ぎると本末転倒で、パートナーに見捨てられます。

これは見栄っ張りな人は要注意です。他人に良く思われたい、評価してもらいたい、それこそ他人が決めることであって自分ではコントロールできません。

まずは妻(夫)に評価してもらえるように努力しましょう。他人から何を言われてもいいではないでしょうか。妻(夫)が認めてくれてさえいれば・・・。

夫婦円満に勝るものなし(持論です)

※偉そうなことを書きましたが、私はこれらができなくて離婚しました。異論はあると思いますが、経験からこういった考えに到達しました。

なるほど、と思ったところだけでも活用して夫婦円満で子供に愛情を注いであげて欲しいと切に願います。

石を投げないで〜(笑)