離婚は悲しみしか生まない

机に花

離婚はしてみると分かるのですが、決して両者が合意に至ってするものではないです。必ずどちらかが耐えられなくなり離婚を切り出します。

子供を連れて実家に戻ったり、出て行けと怒鳴ったり、一方的な意思で強行的に行われることがあります。相手を罵ってどちらがどれだけ悪いのか夫婦間または調停などで詳らかにすることがあります。

どちらか一方が嫌になったくらいでは法律的には離婚は成立しません。決定的な落ち度がない限りです。そのため、協議の上に両者が合意するか、調停や裁判で離婚が成立します。日本の場合はほぼ協議離婚のようですね。

協議して納得するかどうかは別にして、合意したから離婚届に判を押す。この合意とは?

諦めですね。どちらかが身を引いたということです。

同時に同じだけの熱量で離婚に至るケースは皆無ではないでしょうが、大変に希だと思います。(決定的な落ち度がない場合)

私個人的には身を引きました。子供たちのことも含め相手の言い分は決して納得できるものではありません。しかし、調停やら裁判やら、更にお互いがいがみ合って、復縁するならともかく、大抵は離婚のために開きます。

勿論、調停で仲直りする夫婦もいるのなら意味もあります。第三者が介在すると冷静に意見が言えるものです。しかし、調停まで行うのは直接的に相手と話にならないからではないでしょうか? それは自分たちではどうしようもないくらいにこじれている証拠です。

となると、やはりどちらかは離婚したいから調停でハッキリさせる。自分の要求を確実に届けるために利用することになります。全くの不毛な争いです。

それでも、一方的な意見に同意して「はいはい」と終わらせた方が賢明です。全くの無駄な時間のうえ、余計に相手を恨むことになります。

綺麗事を言うわけではありませんが、好きで結婚したのだから、好きが残っている間に離婚したいです。私は。恨んで二度と会わないなんて、元夫婦、元家族として悲し過ぎます。

しかし、離婚まで話がこじれたのなら、ほぼ元には戻りません。仮に思い直したとしても続かないでしょう。

何が言いたいかというと、

この離婚に至る経過を、結婚に置き換えると分かります。

結婚も両者の合意で成立します。これを一方がどうしても結婚したくとも、相手が合意しなければできません。であれば、調停を開き、どれだけ相手と結婚したいのかを具体的に意見し、どれだけ結婚した方が互いの幸せか訴えるのです。(※有り得ない協議結婚のための調停)

これで見事に結婚できました。

可笑しいですよね?

だから、当たり前ですが結婚にあたり、プロポーズで断られたら結婚しません。いや、できません。

離婚もそう。三行半をどちらかが突きつけたら終わりです。

相手のある部分の嫌な面が耐えられないから離婚する。本当に安易です。簡単すぎます。永遠の愛を誓うのではないのですね。

人は変わります。お互いに色々な局面で新たな一面を垣間見て、嫌だなと思うことも当然あります。が、ここが結婚以前のお付き合いと違うところで、結婚している夫婦なのだから、お互いに協力する義務があるはずです。嫌いのままでいいので、それを認めてあげることです。

完璧な人はいませんし、相手がそのように自分もそういう部分は持っているのです。

簡単に結婚や離婚ができない社会は大問題ですが、簡単にできる社会もかなり問題があるように思います。

まっ、離婚したい側もされる側も努力が足りないことがあるのは事実ですね。反省。