離婚したい側と離婚される側の矛盾

夫婦岩 離婚して悩む
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ネットのみならず世間一般的に精神疾患が長引いた場合、離婚すべきという意見の多さに驚きます。

状況が各夫婦によって違いますので、こうだという答えはありませんし、決めてかかるのは間違いのような気がします。
と、このように前置きしないとなりませんが、夫婦はお互いが健康的に支え合い助け合うのは、ある種当然かも知れませんし、そうありたいとも思います。

といっても、結婚してから死ぬまでずっと健康な人はそうそういないとも思います。(それとも皆、ずっと健康なのでしょうか??)

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うつ病を患ったカップルの離婚

重い病気、それもなかなか回復の難しい病気があります。手術してもなかなか治りきらない。もしくは入退院を繰り返す、良くはなるけど完治は難しい。そういった種類の病気にかかっても身体の問題ですから、周りの目も優しくなりますし、例え働けなくても仕方ないと思えるはずです。

治療は困難を極める以外(難病など)は入院なり通院なりで治ることは現代医学では多いです。

 

仮に死が迫る病気に冒された時精神疾患ではどうでしょうか?

 

支える家族はとても大変です。これが男性側であれば家庭がとたんに崩れます。仮に女性だとしても育児があれば、なおのこと、そうでなくてもかなり大変です。
死が目前かも知れないと尚のことやり切れないでしょう。

一方、精神疾患の場合、他人には目に見えない病のため、謂われない中傷もあるでしょう。さらに治る見込みも薄く、復帰するために長い年月を要するとなると支える側の負担は相当なものです。

ある種、同じような感覚かも知れません。困ることに違いはないからです。これまでと同じような生活ができない。
入院や手術といった身体的な大病は患ったことありませんので、ここではうつ病の場合でお話します。

相手の負担

反対側の支える側の立場で考えると、「逃げ出したい」、「疲れた」、「もう嫌だ」、数々の苦労から疲れ果てた結果、離婚して別々の人生を歩む場合もある意味では仕方ないと思います。

ただ、うつ病のように精神を患った側の立場でどうしても理解されないことがあります。

 

苦労や面倒をかけて申し訳ないという気持ちで自分を責めています。なんとか早く良くなろうと焦ります。

 

実はこういった受け取り方が、更に精神を悪化させ治りを遅らせています。もっと患った側が諦めというか仕方ないと踏ん切りを付け、良くなったら恩返しするという気持ちで居られたら、治り方は早くなります。

どうしても時間がかかるもので、気持ちが落ち込んでいるために自分自身で跳ね返すような気力が残っていないのです。

 

相手の負担は重々承知しているはずが、心が壊れて言ってはいけないことを言ったり、してはならないことをしてしまうことがあるでしょう。もう心に何も余裕が無いためです。

これが身体的な病の人との違いです。
身体的な病の人は、なかなか治らなくなった末に、精神をも患うことがあります。こうなると二重苦ですね。
この部分で「病気だから仕方ないよ」と、同意を得られやすいのは身体的な病の人で、理解されにくいのは、身体的に何も影響が無さそうに見えるうつ病などの精神疾患者なのです。

そもそも結婚とは

なぜか、インターネットではうつ病を支えている側の人生を重視し、幸せになれないなら離婚するべきだという意見を目にします。実際に周りの親戚や知人にも同じ意見の方がいます。

それで本当に支えている側は幸せになる離婚なのでしょうか?

 

サバサバとして離婚される方もいますので、皆がそうだとは思いませんが、結婚までした相手を長年に渡り看病した、または期間が短いかの程度の差はあれど、最終的には離婚して見捨てるわけです。(ここでいう見捨てるという言い方は、片方は健康で片方が病気という立場のためそう表現します)

 

中には誓いの言葉は綺麗事だという方もいます。実際の結婚生活は育児も伴えば待ったなし。世の中はどうしてもお金が要る。貧乏は不幸という認識もあります。

 

「健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」

 

誓いの言葉はともかく、現実問題として離婚はやむなしというわけです。

それはそうです。ずっと支え続け、ずっと病気のまま、ずっと貧乏で、ずっと死ぬまで笑顔が無い。そうなれば誰だってそんな人生は送りたく有りません。

 

しかし、ずっと死ぬまで続くのでしょうか?

もちろん、期間の差はあれど、支える側からずれば、いったいいつ治るんだ?
このままなのか? そういう不安は付きまといますし、皆が聖人君子ではないから、辛さに耐える限界もあるでしょう。

 

だからといって離婚して幸せな人生を歩むのを、精神を患った側が思い止めるような真似ができるでしょうか。できません。なぜなら恩義を感じているからです。感謝しているのです。その人が俺を私を見捨てるのか−、とあまり大きな声で言えません。
情けないですが、そんな立場ではありませんよね。

 

もちろん、口ではそうは言わない人も多いでしょう。怒る人もいます。言ったところで何も変わりません。病めるときこそ助けてくれると思っているからです。

でも恐らくですが、皆、解っています。捨てられること。私もそうでした・・・。

今悩んでいる夫婦は離婚を回避して欲しい

現在、まさに離婚協議中の夫婦もいるでしょう。離婚する、される、ことは悲しいことではあります。性格の不一致や、価値観の違い、といった言葉で離婚は選択できます。ただ、うつ病などの精神疾患で・・・、というのは、せっかく夫婦になった縁なのに、一種の障害、病で袂を分かつのは非常に不幸です。

 

何度も再発するかも知れない。もっと今度はヒドイかも知れない。生活に困ればお先真っ暗です。離婚もやむなしとは思います。
しかし、それはお互いに今が困っていることから逃げるだけであり、縁は戻りません。綺麗事を言っても見捨てた、あきらめた、見捨てられた、〇〇が足りない、それこそ仕方ないで終わりです。

子供が居なければという考えは偏っていますが、子供が居たら尚更のこと、それで離婚したとは顔向けできません。

 

こういった場合、一旦は入院なり、別居なり、離婚を前提としないで安心して休養できる環境は必要だと思います。これはお互いにです。支える側も疲弊して、最悪なのは相手も精神を患ってしまうことです。それでは夫婦が共倒れです。お子さんがいるのなら大変なことです。

 

この場合も問題があって、危機回避のため一時的にお互いが避難することは重要なのですが、なぜかその後に離婚になってしまうようです。

一時的が、居ない方が楽になるからでしょうか。
よく話し合って、いつまで避難するかを誓って欲しい。しかし、それもまた世の常なので、いくら言葉で交わしても無理なものは無理なのでしょう。

 

思うのは、言葉で表してもダメなんです。実際に元気になって働いて稼いで、家事や育児を手伝って、強く生きていく姿を見せないとならないのです。

簡単に言うとポジティブに振る舞って健気に早く良くなろうとしている状態であれば離婚されることはまずないでしょう。

だけど、残念ながらそういうことができないのが各種の精神を患った人達です。それができるならとっくに良くなっていますし、そもそもそういった病にはなりません。

 

ネガティブになります。家庭が暗くなります。家計が苦しくなります。そうなれば喧嘩も絶えないでしょう。悪循環です。

現在の状況も嫌なことですが、未来も不安になります。当然のことです。誰も責められません。本来は、両親や親戚、知人、地域や行政など、助けを求めて立て直すことで、実はそれほど長く悪い状態は続きません。人により期間の差はありますが、安心して休養でき少しずつ良くなることは可能です。

休養の先

私もうつ病を経験しました。前向きに休養できている状態で、支えてくれる方がいて、先を考えないで済む期間がある場合は、2〜3ヶ月で社会復帰できています。

おかしな話ですが、先を考えない休養だと思いの外、早く良くなります。逆に先の心配がある場合は一向に良くなりません。(正確には時間がかかります。良くはなります)

 

体験として、諦めの境地に入ると良くなるスピードが速まります。

 

諦めるというのは、一見するとネガティブなことのようですが、いやいや、かなりの前向きな考えです。
いわゆる「まっ、いいか。仕方ないか」と、なるようにしかならないから休んでしまえという考えです。

ただ、この気持ちにはなかなかなりません。家庭があり、家計が心配で、家事や育児は元より、仕事のことが頭から離れないのです。

さらに支えてくれている方の疲労困憊が見受けられると、余計に自分を責めてしまいます。

 

本当は死ぬまでずっとその状態が続くわけではありません。長い方もいますが、時間が経てば少しずつでも回復しているのです。だから、休養も大事ですが、それ以上に大事なのことは、患った本人と一緒にこれからどうやって生きていくのかを話して決めることです。

 

別に明確に決めなくても良いのです。今までのやり方では難しいね。だから今後はこうやって稼いで、こうやってお金は遣って、こうやって家事や育児はやっていこうと、その状況を夫婦で受け入れて柔軟に振る舞うことです。

 

しかし、世間体やら、上昇志向やら、子育て論やら、他人の意見やら、見栄、他人との比較、様々な要素が邪魔をします。本来は家族が納得できれば周りはあまり関係ありません。風当たりは強いでしょうけれど、一生がそのままという訳ではありません。貧乏は変わらないかも知れませんが、それ以上に幸せなこともあると思います。

 

お金で解決できることは多い世の中です。それでもお金に変えられない幸せもあるはずです。それこそ綺麗事だと言われてしまいますが、精神を患った者は、あまり多くは望まなくなります。心身共に健康であれば、結果として幸せではないでしょうか。

最後に

結局のところ、精神疾患から離婚する夫婦は、愛が無いとはいわなくとも、愛が足りなかった。

もっと言うと、夫婦や家族としての愛を育む努力をしなかった。

 

これは双方にです。どちらがより悪いということは無いと思います。
もしもどちらかが悪かったら、結婚した事実は嘘になります。嘘ではありません。心の底から愛したから結婚したはずです。病気でも障害があっても支えようとお互いがそう想える人だったのです。

・・・、ただそれが現実にはお互いに堪えられないことだった。乗り越えられると互いに頑張ったが無理だった。それが結論であって、その過程を否定はしなくてもいいと思います。

 

これは話し合っても、いざその状態にどちらかが陥ると、想像できない苦しみの中、現代ではやむなく離婚して別の道へ歩む夫婦は多いと思います。

離婚された側が強く考えるようになることがあります。

「生きる」ということ。

離れてしまった元家族に対する愛情がより深まり、精神疾患をいつか乗り越えると、なぜか過去を許せてしまう、少しばかり達観した境地になります。

一方で、乗り越えられない場合は自殺される方もいらっしゃいますので、当てつけや脅しではなくそういった結末もあるということは理解してあげて欲しいと思います。

 

離婚された側のうつ病患者というのはそんなに多くはないかも知れません。根本から治す方法以外に、のらりくらりと生きていくのも人生です。
夢も希望も見出せないくらいに落ち込んで、あきらめの気持ちだけが残るでしょう。
しかし、決して自殺はいけません。宗教的にどうということではなく、それは元の家族に対しても失礼な身勝手な行動です。

何をどうやっても生きていれば良いことがあります。これは本当です。
「自信がない=自分を信じられない」からうつ病になり、離婚になったりするのも事実です。

 

私事ですが、元妻、元息子や娘が、幸せになるように願うばかりです。

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オナヤミ

人生20年間も悩んで迷ってきました。自分なりの悟りの境地へ向かう中、同じ悩みを抱えている人のヒントになればという気持ちで記事にしています。

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