社会不適合者なりの生き方でも堂々としていればイイと思う考え方

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組織や人間関係にどうしても馴染めない人がいます。そういう私も皆さんと同じに社会からドロップアウトした側です。

・・・社会不適合者という言葉は、あまり好みません。

適合しているのが大多数の世の中なのは理解しても、「アレが適合なら不適合で結構だ」とも強がりたい。その考えではいつまでも不適合者と言われてしまうのですけどね・・・。

 

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見方を変えれば変わる

実は自分自身が社会不適合者と認識するのが怖いと思っている人が大半でしょう。落伍者とも言え、実際に現実の立場は落伍者以外の何者でも無いのが事実です。はい。

 

しかし、これは他の要素ならどうでしょう。

結果的に仕事が上手くできないとしても、あなたは周りに嫌われている人でしょうか? 人というそのものは決して嫌われてもおらず、むしろ味方も多いことはありませんか?

 

性格や人格そのものが受け入れられていないと感じていると思います。

果たしてそうでしょうか??

 

  • 仮に人と話すのが苦手で孤立していた場合、話すこと以外も全否定されています?
  • 仮に褒め殺しを受けながら働いていることに悔しい想いをしていた場合、相手は本当に褒め殺しで言っているのでしょうか?
  • 仮に憐れみの目や汚い目で見られた!と思っているなら、あなたは本当に綺麗ですか??

 

ちょっと強い言い方でした。

捉え方一つだと思っています。話すことが苦手なら、行動で示せば伝わります。黙って笑顔で何かをしていれば、何かを感じてくれる人もきっと居ます。

褒められても何か悔しいと思うことでも、本当に褒めているとしたらどうですか? その真実は分かりませんよ。

憐れみのまなざしってツラいですよね? 「この歳でこんな仕事・・・」「どうせできない底辺のくせに・・・」そうは言っていないけれど、そんな目で見られた!?

あなたは心から綺麗だと言えますか? 心の中に卑怯な想いや相手を恨む気持ちなど持っておらず、笑顔で接していての対応でしたか?

 

私もまた同じような経験があります。 結果として社会不適合者と言われる部類からは抜け出せません。なぜなら、それは周りが決めることだからです。自分ではどうしようもない評価です。

 

だから、自分からの見方として、別にやましいことが無いなら、堂々としていれば良いでしょう。むしろ胸を張って「どうだ、スゴイだろう」くらいの気持ちでイイと思います。

 

実話の例

アルバイト先にて

バイトは気分転換なんですよ−。

内容を入力してください。

フリーでプログラム系の仕事です(適当なウソ)

スゴイ!私もそうやって生きたい!尊敬します。

面白いもので、自信がある(ように見える)だけで、相手が気後れします。

そう、相手に対して自信がない振る舞いや言動や声の小ささなどで、相手が勝手に見積もっているのです。「あー、可哀想に」と。

カラ元気でも、ツラくても笑顔であったりすると、逆に相手が隣の芝生は青い状態となり、羨ましいと思うものです。相手もまた苦しいことが多いのです。

 

自分はダメだ・・・。そう思った瞬間に社会不適合者だと思っています。

社会に馴染めない=不適合者?

まさに皆さんも私もこの状態ですね・・・。

社会に馴染めないのは、私達が変人奇人というわけでもなく、かといって社会が悪いわけでもなく、単に「私達に合っていない状態に身を置いている」ことでしょう。

 

社会人という意味で、社会に馴染めないのは何かと不便です。人を避け、お金に執着せず、異性を追いかけず、引きこもり、いつも悲しい顔、恨む顔・・・自分の考えだけが全てと思っていませんか?

 

  • 私達の考えも正しく、他人の考えも正しい。
  • 逆に私達も間違うけれど、他人も間違う。

そういう場所が社会ではないでしょうか。

 

居場所を求めて、自分に合う仕事や仲間を求めていたら、人生が100年あっても足りません。時間だけではなく生活もままなりません。

その状態に陥っているから、社会不適合者と言われる側に居るのだと思います。

 

あっ、ここで訂正しておきますと、社会不適合者というのは居ないと個人的には思っています。ある立場の人達がそういった人達を表す際の言葉と考えています。差別の言葉に近い(と思っています)
個人的には反対側から見ると、適合者?はミーハーやステレオタイプとも言えるでしょう。だから、誰も社会不適合者は居ないと思っています。

 

自分なりに社会に溶け込めばいい。アルバイト生活だって立派な社会人です。低収入でも生活できているならば、それもまた普通のことでしょう。

年収が600万円でも借金返済が大変で、貯金もない人と、年収200万円でも貯金出来ている人は、いったい何が違うのでしょうか?

 

どちらも同じです。それで成り立っているのですからね。

下を見ても上を見てもキリがありません。もしもあなたが社会不適合者と嘆くならば、恐らくあなた側が相手を比べているからでしょう。相手はあなたを比べていません。

 

大多数の皆と同じことをするのが社会に適合するということではないでしょう。訊かれても恥じること無く、自分の立場や環境を話せる人は、充分に社会人で社会に馴染めていると言えるでしょう。

働きづらいのも事実

しかしながら、働きづらく続けられないのも事実です。

続けたいのに会社に居られなくなる。ヒドいとイジメのような環境に耐えられなくなる。

皆さんもそうやってドロップアウトしてきたことでしょう。

 

私は気が付くのが遅すぎました。若いならば一刻も早く気が付いて欲しい!

自分で何か仕事をするしかありませんよ。

自営業、独立、起業、言葉は何でも構いません。自分自身が稼ぐという立場になることです。

 

ハッキリ言って、自分で仕事を作るというのは並大抵な事ではありません。恐らく1,000円を稼ぐだけでも大変です。

その時に考えてみてください。天秤にかけてください。

 

社会人として組織に属し皆のようにストレス解消を心掛けながら毎日同じ職場へ通う。
VS
自己責任の中、言い訳もせず全く稼げないかも知れない仕事で身を立ててみる

 

通常であれば自分で起業や独立といった方が難関です。

しかし、社会不適合者と言われている人達は、社会人として組織に属す方が難関ではありませんか?

少なくても私はそうです。サラリーマンが苦痛で仕方ありませんでした。

 

だから世間の社会からドロップアウトだとしても、自分の領域へのドロップインしたと考えましょうよ。

堂々と生きることに必要な物

堂々と生きることに絶対に必要な物は、正直なところお金です。厳密に言うとお金を稼ぐ力です。

お金が全てとは思いません。しかし、稼げないなら自信は付きません。いや、付きにくい。稼いでいれば自然と堂々とするものです。ましてや相手からバカにされませんよ。

 

アルバイト生活であっても、派遣社員であっても、別に収入源があるなら意外と余裕を持てるハズです。そのお金を自分の趣味に遣っていたら、今日から自分への投資にまわしましょう。

 

  • 自分の生活が良くなるように勉強の費用に充てる。
  • 自分の健康のために栄養のある食事に充てる。
  • 人に感謝のために贈り物を贈る。食事を奢る。
  • 少額の株取引をする。
  • キチッとした機関に寄付をする。
  • ・・・などなど

 

個人的にはそれ程余裕がないので、株とか寄付はまだまだです。少なくても時間の使い方は変わりました。
数年前からテレビは観ないようになりました。

相手の負担にならない程度の物を奢るようになりました。

感謝の言葉だけではなく贈り物をするようになりました。

本はお金が苦しくても買うことにしています。

 

そうしたらやはり環境も変わります。自分の想像とは無関係に周りが変わってきます。

具体的なことなどまたこのブログに書いていきたいと思います。

 

皆さんは社会不適合者という言葉をどう感じ、どう捉えますか?

最後に

大好きなアーティストの言葉

 ”Peace and be wild”——Prince

気持ちだけでもワイルドに・・・元気が出ますよ!

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悩んでいる人
オナヤミ

人生20年間も悩んで迷ってきました。自分なりの悟りの境地へ向かう中、同じ悩みを抱えている人のヒントになればという気持ちで記事にしています。

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